休みどころではなかった一週間
三月の終わり、駅前の小さなカフェ「みどり」の前に、朝から人が並ぶようになった。近くの川沿いの桜が写真に撮られ、SNSで広がったためである。
店主の谷口さんは一人で店をやっている。普段は一日四十人ほど。その週は百五十人を超えた日もあった。「ありがたい話なんですが、正直、喜んでいるどころではありませんでした。」
パンは昼前になくなり、洗い物は追いつかない。休憩どころではない。座って食事をしたのは、一週間で二回だけだったという。
谷口さんが一番気にしていたのは、味と接客である。「急いで出すと、どうしても雑になります。お客さんの顔を見て話す余裕が、まったくなくて。」常連の何人かは、行列を見て入らずに帰っていった。
桜が散ると、行列は一週間で消えた。谷口さんは店を二日閉め、来年に向けて知り合いに手伝いを頼むことにした。「次にまた来たとき、今度は慌てないように。」
話題になることは、店にとって本来うれしいことのはずだ。しかし準備がないままでは、そのうれしさを受け止めるどころではなくなってしまう。谷口さんの二日間の休みは、そのための準備だった。
〜どころではない・どころじゃない
意味
状況がひどくて、「そんなことをする余裕がまったくない」と言う表現。したくないのではなく、できる状態ではない、という気持ちを表す。
Says that the situation makes something out of the question — there is simply no room for it. It is not that the speaker does not want to; the circumstances make it impossible. Kaiwa form: dokoro ja nai.
接続
名詞 + どころではない/どころじゃない
動詞辞書形 + どころではない
動詞ている + どころではない
会話では「どころじゃない」
例文
仕事が忙しくて、旅行どころではない。
I am so busy with work that travelling is out of the question.
試験前だから、テレビを見ているどころじゃない。
The exam is coming up, so this is no time to be watching television.
風が強くて、花見どころではなかった。
The wind was so strong that hanami was out of the question.
休憩どころではないくらい、客が来ていた。
So many customers came that there was no chance even for a break.
ポイント:「〜どころか」(=それどころか、反対に〜)とは別の表現なので注意。「どころではない」は余裕がないこと、「どころか」は予想と逆であることを表す。
読解問題
1. 店に人が並ぶようになった理由は何か。
2. 「喜んでいるどころではありませんでした」とあるが、どういう意味か。
3. 谷口さんが一番気にしていたことは何か。
4. 行列がなくなったあと、谷口さんは何をしたか。
5. この文章で筆者が言いたいことは何か。
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